※現代美術アーティストによる作品の展示は、2022年2月28日をもって終了いたしました。
小林エリカ
小説家、漫画家、美術家として活躍する小林エリカ(1978年東京都生まれ)は、光や輝く物質、目に見えない存在に、理屈を超えて心奪われてしまう人間の性(さが)を描いてきた。「第二のプロメテウスの贈り物」とされる原子力は、とりわけ2011年の福島原発事故以降、小林作品に繰り返し登場するライトモチーフだ。2020/2021年の東京五輪を背景に、核をめぐる歴史と1936年のベルリン五輪から現在まで続く聖火リレーの地政学が織り成す物語『彼女たちは待っていた』が構想され、結実したのが本インスタレーション作品である。主人公は、東西のファシスト政権下で「聖なる火」の到来を待つ匿名の彼女たち。日独伊三国同盟をモチーフにした面白柄着物のように、日常生活に織り込まれたイデオロギーを浮き彫りにする一方で、小林の作品は、時代に翻弄され忘却の谷に置き去りにされた人々の微かな声を掬い上げようとする。

小林エリカ《彼女たちは待っていた》2019/2021年、ミクストメディアインスタレーション、DKM美術館会場風景、2021年、撮影=森脇 統
李晶玉
李晶玉(1991年東京都生まれ)が2015年より制作している戦争画シリーズの作品《Zero》(2015)は、第二次世界大戦中、徴兵された在日朝鮮人が特攻隊員に志願したという歴史を題材にしている。骨組みだけの零戦と一体となりサイボーグを想起させながら空に浮遊する人物の描写は、在日朝鮮人3世として現代に生きる作家自身のディアスポラかつインターセクショナルな経験を表現した自画像でもある。脆弱な身体とその不確実な帰属性は、移民社会であるドイツの現在とも共鳴するだろう。

李晶玉《Zero》2015年、紙に鉛筆、墨、アクリル、91 x 155 cm、個人蔵、画像提供:作家及びGallery Q
竹村 京
竹村京(1975年東京都生まれ)が長年継続して制作している「修復シリーズ」は、壊れたり傷ついた日用品を半透明の合成繊維で包み、傷口に刺繍を施す作品である。作家にとって、縫うという行為は「仮の」状態を作り出すことを意図し、時間が経つと忘れられていくものや変化するものを留める試みだという。旧枢軸国間における歴史のもつれを反映した面白柄に応答する形で、竹村は本展覧会のために18世紀ドイツ・フランケンタール製のコーヒーポットやイタリア・ジノリ製のモカカップを含む12点を選び修復を施した。本来の機能を失い繊細な布で覆われたオブジェクトは、遺伝子組み換えオワンクラゲのたんぱく質から開発された蛍光絹糸で癒合され、作家の手によって新たな形に甦る。ブルーライトの下で限られた時間のみ光を放つ一時的な修復状態は、記憶を含むあらゆるものの儚さ、そして治癒されたオブジェクトに伴う親密さや脆さを映し出している。

竹村京《Renovated: 19c. Ginori Doccia‘s Cup with Lid》2021年、19世紀ジノリ・ドッチア製の蓋付きカップ、合成繊維、群馬産蛍光絹、14 × 12 × 8 cm、撮影=木暮伸也、画像提供:作家及びタカ・イシイギャラリー
荒木 悠
荒木悠(1985年山形県生まれ)は異なる文化と言語環境を往来しながら育った自身の経験から、文化翻訳や伝播の過程で生じる差異に興味を持ち映像作品を制作している。鹿鳴館を訪れたフランスの作家ピエール・ロティによる紀行文と芥川龍之介による短編小説に着想を得た《The Last Ball》は、舞踏シーンを現代的設定に置き換え再演した作品だ。映像では、二人の演者がiPhoneを片手にワルツ『美しく青きドナウ』に合わせて踊る姿が映し出される。彼らはお互いを撮影しながら、しかし同時に相手のカメラから逃れようとしている。複数の撮影アングルによる視点が錯綜する本作品は、映像制作におけるドキュメンタリー性やフィクション性と輻輳する。そして鑑賞者は、構築された規範やステレオタイプに思いを巡らせることとなる。

荒木 悠《The Last Ball》2019年、3チャンネル映像インスタレーション、ステレオサウンド(31'44'')、制作:株式会社資生堂、DKM美術館会場風景、2021年、撮影=森脇 統
田村友一郎
光沢のある色鮮やかな刺繍が施された「スカジャン」は、もともと朝鮮戦争を背景に、横須賀周辺の進駐米兵の間で人気を博した土産物であった。映画を通して抵抗者としてのチンピラのイメージと結びつき、今ではカウンターカルチャーを代表するファッションアイテムとして世界的に親しまれている。田村友一郎(1977年富山県生まれ)は、こうしたスカジャンの意匠と歴史を通して、欧米中心主義をインストールした東アジアにおける大衆文化のハイブリット性と葛藤を俎上にあげる。《The Ring》(2021)は、作家のコレクションから選ばれたスカジャンと赤いネオンライトからなるインスタレーション。部隊名、認識番号など進駐軍を示す記号に、東アジアの神話的象徴(虎、龍)や日本のシンボル(富士山、桜)が融合した刺繍デザインは、進駐米兵たちの帰属意識だけでなく、冷戦下の英雄的な美意識を映し出している。政治的にも文化的にも米国に与した戦後日本と、植民地主義の余波を受けたアジア・太平洋地域の歴史を背負ったスカジャンは、ポスト面白柄と言えるかもしれない。

田村友一郎《The Ring》2021年、サイズ違いのスカジャン17着、ネオン、画像提供:作家及びユカ・ツルノ・ギャラリー